熱中症で労災に?夏に向けて人事が準備すべきリスク対応-2025年法改正も踏まえた実務対応ガイド 2025/08/14 2025/08/14 その他 はじめに:熱中症が「安全管理リスク」になる時代に 「熱中症で搬送」「屋外作業員の熱中症事故」など、熱中症のニュースは毎年話題になります。かつて熱中症と言えば、体調管理の問題として個人の責任としてとらえられることが多かったのですが、近年では、職場の重大な労働災害リスクになりました。そして、2025年(令和7年)6月1日から、労働安全衛生規則の改正により、WBGT(暑さ指数)28℃以上または気温31℃以上の環境下で連続1時間以上または1日4時間を超えて行う作業など『熱中症を生ずるおそれのある作業』について、熱中症対策が努力義務から事業者の義務となりました。本記事では、なぜ熱中症が人事リスクになるのか、法改正のポイントや対策の行い方、注意するポイントなど熱中症対策に関する全体像が分かるように記事にまとめました。ぜひ最後までご覧いただき、貴社の熱中症対策を振り返るきっかけにしてください。 ※この記事の内容は2025年6月時点の情報をもとに作成しています。 この記事でわかること(目次)はじめに:熱中症が「安全管理リスク」になる時代になぜ「職場の熱中症」が人事リスクになるのか「安全配慮義務違反」とみなされるリスク業務中の熱中症は「労災」になりうる熱中症が発生しやすい職場と、配慮が必要な従業員の傾向熱中症のリスクが高い職場環境配慮が必要な傾向のある従業員とは熱中症対策の肝になる「WBGT(暑さ指数)」とは?WBGTとはWBGT値の出し方WBGTの数値と熱中症リスクの目安職場での活用方法2025年法改正で強化された熱中症対策:体制整備と手順の明文化が義務に熱中症対策強化の背景主な改正のポイント適用の範囲今年から対応すべき!人事のための5つの実践項目嘱託産業医と連携する、対策が機能する職場づくりまとめすべて表示 なぜ「職場の熱中症」が人事リスクになるのか 「職場の熱中症」が人事リスクになる理由は大きく2つあります。1つは「安全配慮義務違反」とみなされるリスクがあること、もう1つは業務中の熱中症は「労災」になりうることです。 「安全配慮義務違反」とみなされるリスク 労働契約法第5条に基づく安全配慮義務は、「労働者がその生命・身体等の安全を確保しながら働けるようにする責任」を意味します。適切な対策を講じないまま熱中症が発症すると企業としての法的責任と社会的信用の低下につながりかねません。 業務中の熱中症は「労災」になりうる 熱中症が発症する条件は、気温や湿度などの環境条件に加えて、作業負荷、服装、体調、個人の特性など、複数の要因があります。このうち、短時間の作業であっても、業務と熱中症との因果関係が労基署に認定されれば、労災になる可能性があります。 熱中症が発生しやすい職場と、配慮が必要な従業員の傾向 熱中症のリスクが高い職場環境 以下の環境では、特に熱中症への注意が必要です。 建設業:屋外での作業、足場など高所製造業:機械熱や高温炉のある現場倉庫業:空調が効きにくい大型施設飲食業:厨房内での高温環境配送業:空調のない車両内 配慮が必要な傾向のある従業員とは 熱中症対策は全員に同じ対応では不十分な場合があります。特性に応じて配慮が必要です。 ・暑さへの順応に時間がかかる方高齢の従業員など、身体が高温に慣れにくい場合がある。・持病や服薬の影響で暑さに弱い方心疾患や糖尿病、利尿剤などを服用している方は体温調節が難しくなることがある。・作業環境に慣れていない方入社間もない従業員など高温環境下での作業経験が少ない従業員には注意が必要。・日本語が母国語でない方外国人労働者など、熱中症対策の指示やリスクがわからない可能性もあるので、視覚的・多言語的に伝える工夫が必要。 このような特性を持つ方には配慮が必要ですが、特定の誰かではなく一人ひとりが安心して働ける仕組みづくりを目指していきましょう。 熱中症対策の肝になる「WBGT(暑さ指数)」とは? 2025年の法改正で新たにWBGTによるリスク評価と管理が明記されました。このWBGT値の測定が今回の熱中症対策の肝になります。本章で詳しく解説します。 WBGTとは WBGTとは「Wet Bulb Globe Temperature」の略称で、日本語では湿球黒球温度と訳されますが、WBGTとそのまま使う方が多いです。気温だけでなく、湿度や直射日光やコンクリートからの照り返しといった輻射熱(ふくしゃねつ)、風の通りで暑さの感じ方を数値化した指標です。つまり、単に気温だけで判断するよりも、より人の体感に近い暑さを示したものがWBGTとなります。 参照:環境省「熱中症予防情報サイト」 WBGT値の出し方 WBGTは以下の3つをもとに算出されます。 ・湿球温度(Tw)湿度と気流に応じた温度、体の汗の蒸発のしやすさに影響・黒球温度(Tg)直射日光や放射熱といった輻射熱を反映した温度・乾球温度(Ta)通常の気温 この3つの値を使って算出しますが、「屋外」と「屋内もしくは日陰」によって算出方法が異なります。 屋外(直射日光あり)WBGT=0.7×Tw+0.2×Tg+0.1×Ta屋内または日陰WBGT=0.7×Tw+0.3×Tg WBGTの数値と熱中症リスクの目安 WBGT(暑さ指数)は労働環境の指針として有効であると認められていて、ISO等でも国際的に規格化されています。日本では、日本生気象学会と(公財)日本スポーツ協会で公表されています。以下の表が、WBGTの値ごとの危険度と行動目安です。 【日常生活に関する指針】 WBGT値(℃)危険度行動目安31以上危険原則中止、命に関わるリスク28~31未満厳重警戒激しい運動・作業は原則中止25~28未満警戒頻繁な休憩と水分補給を徹底25未満注意十分な水分補給・無理をしない 日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針Ver.4」(2022) 【運動に関する指針】 気温(参考)暑さ指数 (WBGT) 行動目安35℃以上31以上運動は原則中止特別の場合以外は運動を中止。特に子どもの場合には中止すべき。31℃~35℃未満28~31未満厳重警戒(激しい運動は中止)熱中症の危険性が高い。激しい運動や持久走など体温が上昇しやすい運動は避ける。10~20分おきに休憩をとり水分・塩分の補給を行う。暑さに弱い人は運動を軽減または中止。28℃~31℃未満25~28未満警戒(積極的に休憩)熱中症の危険が増すので、積極的に休憩をとり適宜、水分・塩分を補給する。激しい運動では、30分おきくらいに休憩をとる。24℃~28℃未満21~25未満注意(積極的に水分補給)熱中症による死亡事故が発生する可能性がある。熱中症の兆候に注意するとともに、運動の合間に積極的に水分・塩分を補給する。24℃未満21未満ほぼ安全(適宜水分補給)通常は熱中症の危険は小さいが、適宜水分・塩分の補給は必要である。市民マラソンなどではこの条件でも熱中症が発生するので注意。 (公財)日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」(2019) 参考:環境省「熱中症予防情報サイト」https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php 職場での活用方法 まずは、WBGTの測定器を設置しましょう。設置後は、計測した数値を時間ごとにホワイトボードや掲示板に掲示し、従業員が確認できるように視覚化します。また、「WBGT値が25を超えてきたら15分休憩する」など数値に応じた対応基準を整備することが大切です。 ポイントとしては、計測だけで終わらせず、行動に結び付けるツールとしてWBGTを活用していきましょう。 2025年法改正で強化された熱中症対策:体制整備と手順の明文化が義務に 2025年6月1日、熱中症予防に関する労働安全衛生規則の改正が施行されました。これまでもガイドラインや一部義務規定はありましたが、2025年の改正で、報告体制や重篤化防止措置の作成・周知などが新たに事業者の義務となり、違反時の罰則も設けられました。 熱中症対策強化の背景 職場における熱中症による死傷者数は2024年で1257人、うち死亡者は31人となり、統計が残る2005年以降で最多となりました。死亡者の多くは屋外作業中に発生しており、今後、気象変動が進むことを考えると、さらに注意が必要です。 重篤化した熱中症のほとんどは、重篤化した状態で発見されたケースや医療機関に搬送しないなど、対応に不備があったなどの「初期症状の放置・対応の遅れ」※で起こっています。そのため、熱中症対策では、行動に焦点を当てるように強化されています。 ※引用元:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」 主な改正のポイント 今回、労働安全衛生規則、第612条の2において「熱中症を生ずるおそれのある作業」が新設されました。以下が全文です。 第612条の2 事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、当該作業に従事する者が熱中症の自覚症状を有する場合又は当該作業に従事する者に熱中症が生じた疑いがあることを当該作業に従事する他の者が発見した場合にその旨の報告をさせる体制を整備し、当該作業に従事する者に対し、当該体制を周知させなければならない。2事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、作業場ごとに、当該作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせることその他熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容及びその実施に関する手順を定め、当該作業に従事する者に対し、当該措置の内容及びその実施に関する手順を周知させなければならない。 今回の改正の主なポイントは次の2点です。 1報告体制の整備と周知が義務に(第612条の2第1項) 「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う職場では、作業者本人が自覚症状を感じた場合や、他の作業者が熱中症の疑いがある人を発見した場合、速やかに報告できる体制を事前に整えることが義務化されました。この報告体制は、作業者全員に確実に周知する必要があります。手段として、見えやすいところに掲示することやメールの送付、文書の配布、朝礼での伝達などが挙げられていますが、複数の手段を組み合わせて行うことが推奨されています。 2重篤化防止のための措置と手順の作成(第612条の2第2項) 1項の内容に加えて、「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う場合は、以下のような具体的な対応手順を作業場ごとに作成し周知する義務が発生します。 ・作業から離脱させる・身体冷却例:作業着を脱がせて水をかける、アイスバスに入れる、十分涼しい休憩所へ避難、ミストファンを充てるなど・医療機関への搬送判断に迷ったら#7119を活用するなど専門家や医療機関に相談するなども記載・回復後体調急変に備えたフォローの方法帰宅後など、時間が経ってから症状が悪化することもあるので、体調急変したときの連絡体制や対応方法もあらかじめ決めて回復した人に伝える 実行可能な手順を事前に明文化し、作業者に周知する必要があります。 適用の範囲 これらの義務が適用される「熱中症を生ずるおそれのある作業」とは、以下の条件に該当するものです。 ・WBGT値が28℃以上、または気温31℃以上の環境・連続1時間以上または1日4時間を超えて行う作業 臨時の作業についても上記に当てはまる場合は該当します。 引用元:厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について(令和7年5月20日付け基発0520第6号)」 今年から対応すべき!人事のための5つの実践項目 厚生労働省は2025年5月~9月を『2025年「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」』として全国的な啓発活動として展開しています。特に7月は重点取り組み期間としています。キャンペーンには6つの重点事項があります。 1WBGT値の測定と掲示2暑熱環境の改善3十分な休憩と水分・塩分補給4作業時間の調整と見直し5高リスク従業員への配慮6教育・訓練の実施 このキャンペーン内容を踏まえて、人事が対応したい5つの実践項目を解説します。 1WBGTの測定と管理ルール作り 温湿度計やWBGT計を設置して、日々の測定と記録を行います。その際、一定基準を超えた場合の「中止」「休憩」等に関する判断基準を明確に設定し、行動基準を事前に作成します。 2暑熱環境の改善 暑熱環境を改善するために作業環境と作業計画の見直しを行います。 作業環境扇風機・スポットクーラー、遮熱シート、風通しの良い作業服や冷却素材の導入など物理的対策も検討作業計画真夏のピーク時間帯を避ける等見直しを行います。特にWBGT値が28℃を超えるときは作業の中止や短縮、交代制にすることなどを計画していきます。 3十分な休憩と水分・塩分補給ルールの整備 30分~1時間ごとの給水タイムを設定し、休憩時は声かけを実施します。また塩タブレットやスポーツドリンク等を常備することや、自販機への補助金、現場にクーラーボックスの配備等を検討します。 4高リスク従業員への配慮 健康診断結果や本人申告から高温環境で配慮が必要な従業員を把握します。産業医や保健師とも連携し、作業転換、軽作業、短時間勤務など柔軟に対応していきます。この時、特定の個人を特別視するのではなく、誰もが働きやすくなる環境整備として全社で取り組む姿勢が大事です。 5教育・訓練と緊急時対応の整備 年1回、全体研修を実施することやEラーニングを活用します。(研修内容例:熱中症の兆候、応急処置、水分補給の重要性、周囲への声掛け等)また、体調不良者の発見、通報、応急処置までの初動マニュアルを整備しつつ、ポスターやチェックリスト等で「緊急時にやること」を視覚化しておくことでいざという時に対応できるようにしておきます。 嘱託産業医と連携する、対策が機能する職場づくり 機能する熱中症対策を行うためには、現場の実態を把握することや、専門家目線で健康状態を見極めて対策指導を行うなど、嘱託産業医の協力は不可欠です。 嘱託産業医のサポート内容例・職場巡視とWBGT評価の助言・高リスク者の対応方針の提案・教育用資料の作成と講義の実施・対応マニュアルの監修 エリクシアの嘱託産業医サービスでは、現場に即したアドバイスを行い、人事の実行までをサポートする資料の提供や体制づくりまで一貫して支援します。 エリクシア産業医について詳しくはこちら まとめ 今年から「企業の義務」になった熱中症対策。従業員の命を守ることや、労災リスクや信用リスクから企業を守る防波堤になります。現場、働く人の特性に応じた対応を人事主導で仕組みに落としていくことではじめて機能する対策になります。ぜひ、自社の熱中症対策について見直し、整備していきましょう。
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