産業医を変更するときの進め方|初めてでも安心して対応できる手続きと注意点

はじめに ― 初めての「産業医変更」、何から始める?

産業医の変更、何から始めればいいのかわからない」、そんな不安を抱く人事担当者は少なくありません。基本的に産業医は数年単位など長期契約が多く、変更や交代は頻繁に起こることはありません。そのため多くの人事担当者にとっては初めての経験になります。

「社員採用のように求人を出す必要があるのか」「どのような手続きが必要なのか」「労基署への届け出は必要なのか」と疑問を抱くのも当然といえるでしょう。担当者レベルでは経験する機会が少ないかもしれませんが、実際には産業医変更は特別なことではありません。定年や契約満了、会社の体制変更などさまざまな理由で行われます。

産業医変更で大切なのは、全体像を理解して、自社の課題や体制に合った方法で進めることです。そのためには手順とポイントを押さえて丁寧に進めていくことが重要です。

本コラムでは、産業医の変更の流れや必要な対応を、課題へのアプローチ手順の両面から整理します。初めて産業医の変更を担当する方でも安心して進められるように解説しますので、ぜひ最後までお読みください。

この記事でわかること(目次)
  • はじめに ― 初めての「産業医変更」、何から始める?
  • 産業医を変更するのはどんな時?
  • 産業医変更の基本ステップ
  • 変更時に押さえておきたい3つの注意点
  • 良い産業医に出会うための5つの視点
  • まとめ
  • 産業医の変更を「スムーズに」「抜け漏れなく」進めたい人事の方へ
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    産業医を変更するのはどんな時?

    まず、産業医変更のタイミングについて見ていきましょう。

    冒頭でも触れたように、産業医変更は特別なことではありません。企業の成長や環境の変化に合わせて、産業医体制を見直すのは健全な運営の一環です。

    産業医変更の主なタイミング
    ・産業医の定年・契約期間の満了
    ・事業所や拠点の拡大・縮小による体制見直し
    ・対応範囲やコミュニケーションのミスマッチ
    ・健康経営推進方針の転換 など

    変更の理由は「やむを得ず」だけではありません。現体制をより良くするために見直すケースも多くあります。「産業医を変えても体制が変わるほどの効果は見られないのでは?」と思われる方もいるかもしれませんが、産業医の得意分野や対応スタイルの違いによって効果は変わります。以下は実際にあった効果の一例です。

    変更によって起きた効果の例
    ・メンタル不調者への早期フォローができるようになった
    ・休職や復職対応がスムーズにできるようになった
    ・人事の相談対応時間が短縮された
    ・属人的だった対応が整理され、会社全体で統一されるようになった
    ・管理体制が整い、優先的に取り組む課題が明確になった

    このように、産業医変更は産業保健活動を充実させ、企業の健全性を高める施策の一つと捉えることができます。次章からは、その具体的な進め方を説明していきます。

    産業医変更の基本ステップ

    産業医を変更する際には、まずは自社の課題整理と体制の見直しから着手することが大切です。流れは、以下の通りです。

    ①課題整理と社内調整
    ②後任の産業医探し
    ③選任手続きと届け出

    順にみていきましょう。

    ①課題整理と社内調整

    産業医変更を機に、より良い産業保健体制にするためには、まずは現在の課題を整理します。

    よくある課題例
    ・会社としての産業保健の方針・目的が明確でない
    ・拠点ごとの対応にばらつきがある
    ・制度は整っているが、メンタル不調者が減らない
    ・同じような不調者対応や職場トラブルが繰り返される
    ・産業医が身近に感じられず相談しにくい
    ・対応が担当者や拠点ごとに属人的で一貫性がない
    ・会社の状況や制度に合った助言がもらえていない
    ・緊急時に産業医と連携しにくい

    現状を把握した後に、「今後どうありたいか」「産業医に何を期待するか」など産業医に求めることを整理します。衛生委員会メンバーや関係部署に対して課題や要望をヒアリングし、合意形成を進めましょう。最終的には「なぜ変更が必要か」「変更によって何が改善されるか」といった変更理由を関係者と共有しておくことが重要です。

    ②後任の産業医を探す

    次に、産業医がどのような職務を行うのか確認します。主な業務は次の8項目です。

    産業医の主な8つの仕事内容
    ・衛生委員会への出席
    ・職場巡視
    ・衛生教育
    ・健康診断結果の確認
    ・健康相談、健康指導
    ・長時間労働者に対する面談指導
    ・ストレスチェックの高ストレス者への面談指導
    ・その他の面談指導など

    産業医の仕事内容は以下の記事でも紹介しています。

    これらはあくまで「基本業務」です。実際の対応力や支援の幅は、産業医のバックグラウンドによって大きく異なります。

    産業医の強みとなる背景の例
    他社事例や産業保健体制、健康経営に関する提案力
    ・緊急時にも対応できる柔軟な体制
    ・複数拠点の統括経験や方針統一のノウハウ
    ・医療知識だけでなく業界の特性や職場環境への理解

    自社の課題を踏まえて、どの要素を重視するかを整理すると、選定の軸が明確になります。

    産業医の比較の仕方についてのポイントは、本コラムの後半の章「良い産業医に出会うための5つの視点」で詳しく解説します。

    ここまでの準備を踏まえ、実際に産業医を探していきます。

    産業医の探し方
    ・産業医紹介会社を通じて紹介を受ける
    ・地域医師会に相談し紹介してもらう
    ・健診機関に相談して紹介してもらう
    ・経営層・役員など社内人脈を通じて紹介を受ける
    ・近隣の医療機関に相談して紹介してもらう

    Tips:産業医選任は、採用活動と同じ?
    産業医を探すプロセスは採用活動に似ている面があります。産業医向けの求人サイトや紹介経路で候補者をリストアップし、数名と面談して選ぶという流れは一般的です。
    一方、近年は個人の産業医を1名だけ選ぶのではなく、パートナー企業を選定し、チーム体制で産業保健や健康経営を支援するサービスも増えています。このタイプのサービスには次のようなメリットがあります。
    ・専門性の幅と深さが広がる
    1人の産業医ではカバーしきれない領域もチームなら相互に補完できます。相談や対応事例の知見が組織的に蓄積されるため、個人の経験に依存せず、課題をより効果的に解決できる体制を構築することが期待されます。
    ・緊急時の対応と属人化の防止
    産業医は病院勤務と兼務していることが多く、勤務先の都合により対応が難しくなる場合もあります。チーム型サービスでは相談窓口が設けられており、担当外の産業医や他の専門家がフォローする仕組みがあります。そのため、特定の医師に依存せず、安定的に支援を受けることが可能です。
    ・相談対応の深さ(助言の質)
    実務で求められるのは、医学的な判断に基づく助言にとどまらず、職場運用や会社の意思決定に活かせる助言です。チームには保健師やコーディネーターが在籍し、相談内容に応じて最適な専門家が対応します。そのため、個々のケースに対する助言の深さや実効性が高まり、現場で活かしやすい支援につながります。

    コロナ禍以降、産業医サービスは「支援型」と「法令対応型」の二極化が進んでいるといわれています。メンタル不調、ハラスメント、テレワーク対応など複雑化する課題に対して、体制整備から伴走する支援型が増える一方、法令対応を中心にしたニーズも一定数あります
    まずは自社の課題を起点に、それぞれの産業医(またはサービス)がどのように課題解決へ寄与できるかを確認してみましょう。

    ③選任手続きと届け出

    新しい産業医は、選任事由が発生した日から14日以内に選任し、その後遅滞なく管轄の労働基準監督署へ届け出ます。なお、提出方法については、2025年1月から電子申請が原則義務化となりました。

    必要書類
    ・医師免許証の写し
    ・産業医資格を証明する書類の写し

    現産業医との契約終了日を確認し、空白期間が生じないように調整しましょう。

    変更時に押さえておきたい3つの注意点

    この章では、産業医の変更時に気を付けたいポイントを大事な順で3つ紹介します。なお、「解任」に関しては、企業ごとに現産業医との契約内容や背景によって進め方が変わるため、このコラムではあえて詳しくは触れていません。

    ①産業医の空白期間を作らない

    産業医不在の期間が生じると、法令上の違反および健康管理上のリスクが発生します。また、社員から「対応してもらえない」と信頼を損なう原因にもなりかねません。空白期間を防ぐために、産業医の契約終了日から逆算して、法令に則り14日以内に新しい産業医の選任を完了させるスケジュールを組みましょう。

    ②業務範囲と準備事項を明確にする

    受け入れ準備では、業務内容の設定契約条件の調整も重要です。業務内容の設定では、やってほしい業務や解決したい課題を産業医とすり合わせ、優先順位を決めます。契約条件の調整では業務内容の定義に加えて、臨時訪問の可否時間延長の取扱いなどを事前に確認しておきましょう。これらの準備を整えることで、新しい産業医が力を発揮しやすい体制をつくれます。

    契約後は、スムーズな受け入れのために、以下を産業医に共有することもおすすめです。

    事前に産業医に共有するもの
    ・会社概要/事業内容/組織図
    ・就業規則(休職・復職規定など)
    ・現在の健康管理体制や課題

    ③自社の課題に合う産業医を選任する

    産業医変更は「交代」ではなく「再設計」の機会です。例えば、メンタル不調者の多い職場では支援力の高い産業医、安全管理重視の現場ではリスクアセスメントに強い産業医を選ぶなど、課題と特性を照らし合わせて検討します。

    企業文化への理解も、長期的な連携には欠かせないポイントです。

    良い産業医に出会うための5つの視点

    良い産業医に出会うためには、資格や経歴だけでなく「信頼できるパートナーか」を見極めることが重要です。この章では、人事担当者が安心して任せられる産業医かどうかを判断するための5つの視点を紹介します。

    ① 職場理解 ― その企業らしさを理解できるか

    産業医の助言が現場で活きるかどうかは、「職場理解の深さ」で大きく変わります。業種や働き方の特徴を理解したうえで具体的な助言ができる産業医は、人事にとって心強い存在になるでしょう。

    面接の際には、自社の現場や職種に関する話題を出し、反応を見てみましょう。たとえば、「弊社のような〇〇業界では、どんな健康リスクに注目されていますか?」「現場理解を深めるために、どんな工夫をされていますか?」といった質問をしてみると、理解の方向性が見えてきます。
    現場を理解しようとする姿勢や業界特有のリスク(安全配慮やメンタル面など)を考慮した発言が自然に会話に出てくるかが確認のポイントです。

    ② 従業員支援力 ― 信頼関係を築ける人か

    従業員が安心して相談できる関係をつくれるかどうかは、産業医の力量を見極める大切な視点です。信頼関係があるからこそ、面談が実効性を持ち、人事との連携もスムーズになります。
    面接では、話し方や表情、受け答えの中に「共感」や「受容の姿勢」が感じられるかを観察してみましょう。「社員面談ではどんなことを心がけていますか?」「話しにくい相談を受けたとき、どのように対応されていますか?」などと聞くと、その方の考え方を把握しやすくなります。
    具体的なエピソードを交えて語れる人は実践経験が豊富で、聴く姿勢と判断力の両方を備えているタイプといえます。

    ③ 調整力 ― 組織と個人を橋渡しできるか

    産業医の役割は、個人の健康と企業の安全配慮を両立させることです。上司・人事・本人の意見が食い違う場面で、冷静に対話を導き、折り合いをつけられる力が求められます。
    面接では、「社員と上司の意見が分かれたとき、どのように進めていますか?」「関係者間の意見が異なるとき、何を基準に判断しますか?」など、実際の対応経験を尋ねてみましょう。
    「誰が正しいか」よりも「どう調整するか」を語れる人が理想とされます。法的リスクと心理的安全性の両面を意識しているかどうかも、重要な見極めポイントです。

    ④ 提案力 ― 職場環境を改善へ導く視点があるか

    求められたときに助言するだけでなく、職場のリスクや改善点を先回りして提案できる産業医は、企業にとって心強い存在です。予防的に動けるかどうかが、体制の質を左右します。
    面接では、「これまでに職場環境の改善につながった提案の例はありますか?」「同じような不調が複数部署で起きた場合、どんな視点で原因を考えますか?」と尋ねてみるのがおすすめです。
    個人対応で終わらず、部署や組織全体に目を向けた提案ができるかどうか。原因追及よりも前向きな提案の言葉が出てくるかが判断の目安になります。

    ⑤ 継続性 ― 企業とともに成長できる関係か

    産業医との関係は、一度契約して終わりではありません。企業のフェーズや課題が変化する中で、それに合わせて支援内容を更新できる産業医は、長く信頼されるパートナーになります。
    面接では、「企業の体制や課題が変わったとき、関わり方をどのように変えましたか?」「継続的な支援の中で大切にしていることは何ですか?」といった質問をしてみましょう。
    「契約を続けること」よりも、「企業とともに成長すること」を重視しているか。制度や課題の変化に合わせて自ら提案をしてきた経験があるかどうかが見極めのポイントです。

    良い産業医との出会いは、偶然ではなく“見抜く力”が求められます。経歴や専門分野だけで判断せず、「この人となら一緒に考えていけそうか」という感覚を大切にしてみてください。

    まとめ

    産業医の変更を検討することは「これからの体制をより良く整えていくための前向きな選択」です。

    本コラムで紹介した3ステップと注意点、そして5つの視点をもとに、冷静かつ確実に進めていきましょう。大切なのは、相性や実績だけでなく、企業の理念やフェーズに合った関わり方を一緒に考えられるかどうか。産業医も企業も、同じ目的である「社員の健康と組織の成長」に向かって並走できる関係を築くことが理想とされます。

    まずは、現在の産業医体制を整理し、「何ができていて、どこに課題があるのか」を見つめ直すことから始めてみてください。そのうえで、自社に合う体制づくりを検討したい場合は、専門家に相談することで、より具体的な選択肢が見えてくるはずです。

    産業医の変更を「スムーズに」「抜け漏れなく」進めたい人事の方へ

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    この記事の執筆者:エリクシア産業保健チーム

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    この記事は、株式会社エリクシアで人事のお悩み解決に携わっている産業保健師チームが執筆し、産業医が責任をもって添削、監修をしました。

    株式会社エリクシアは、嘱託産業医サービスを2009年より提供しています。衛生管理体制の構築からメンタルヘルス対策、問題行動がある社員への対応など「圧倒的解決力」を武器に、人事担当者が抱える「ヒトの問題」という足枷を外す支援を行っています。

    【記事の監修】
    産業医 上村紀夫
    産業医  先山慧

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